言質を取られるのが嫌だ

個人的に言質を取られるのが嫌です。

自分でどうにかできる範囲や既に確定している事柄については言い切れるけど、それ以外になると口ごもってしまう。

特に文書の類は苦手で、メールにしてもチャットにしても、言い切るのが怖いのだ。

後で「嘘つき」「あの時はああ言ったじゃないか」と言われるのが嫌だからなのだけど。

ただ、親しい間柄なら適当なことを言ってもまだ許されそうなので、その辺りはまあさじ加減かもしれない。

 

そもそもなんでこんな意識をするようになったんだろうなと考えた時、学生時代にアルバイトでISPのテクニカルサポートをしていた事が思い浮かんだ。

私がやっていたテクニカルサポートは電話での顧客対応なのだが、それをしていた時は言い間違えや言葉遣いで顧客の温度が変わったりもするから、とにかく自分に入ってきていない情報、判断できない情報は口に出さないようにしていた。まぁ当たり前ですけど。

場合によっては顧客激昴の大クレームに発展することもある(実際にあった)と研修で聞かされたので、敏感になっていたこともある。

と、そこまで考えたのだがもしかした、原点はそこではないかもしれない。

確かにその当時は言質を取られることに異常なまでの抵抗があったがそれより以前から意識はあったように思う。

それ以前のガソリンスタンドでのアルバイトでも、適当な事は言わなかったように思う。当たり前だけどね。

 

記憶を掘り返した時に、思い当たる出来事が一つだけあった。

小学校低学年の時、校外学習で学校の敷地から外に出ることがあった。

多分理科の授業か何かで、校外学習と言っても学校周辺のぐるりを散策して草花を見つける、みたいなものだったと記憶している。

学校の近くには駄菓子屋があって、その日はそこが閉まっていたのだ。

その日が丁度雨で、誰かから「あの店は雨の日には閉まる」というのを私は聞いていた。

校外学習の最中に、クラスメイトのAが「なんであそこ閉まってるんだ」と独り言を呟いたのだ。

その時に私は「雨の日は閉まってるいるよ」と返してしまったのだ。

Aの反応は「ふぅん」といった感じで、聞いているのか聞いていないのか曖昧な言葉を発した程度だった。

 

校外学習も終盤に差し掛かった時に、突然Aから話しかけられた。

「雨の日閉まってるって言ってたけど、今日が月曜日だからじゃん。」

驚いた。「聞いていたのか」と思ったし、気にもとめていないと思っていたからだ。

そして続けて言われたのが「嘘つき」だった。

単純に悲しかった。

嘘つき呼ばわりされた事と、そのレッテルを貼られた事が悲しかった。

また、実際にその店は月曜定休だったのだ。

私は残念な事に当時スクールカースト的には3軍か4軍の立ち位置で、Aは1軍だった。その事が余計に拍車をかけた。

1軍の人に嫌われたとあればその他の人にも嫌われるだろう。

ただでさえ印象が薄い自分に「嘘つき」のレッテルが貼られたら私は「嘘つき」で固定されてしまう。

何より周囲に嫌われる事が怖かった。

 

その後の事は覚えていない。誰かに慰められたような気もするし、そうじゃなかったような気もする。

別にその後嘘つき呼ばわりされた覚えもない。

ただ、「不確実な情報を口外するリスク」というのを、その時に思い知ったのだろうと思う。

そしてテクニカルサポートのアルバイトをやった時にそれが盤石なものとなり、自分自身のポリシーになったのかなとも思う。

きっと、原点はそこだろう。思い当たるフシがそれ以前に存在しない。

そしてそれがきっかけとなったかは定かではないが、今でもAの事が好きではない。今でも一切会いたくない。

今考えると本当に下らない事だなあと思う。すこぶるどうでもいい。

ただ、数年変わらない集団に身を置くと考えると、レッテルを貼られるのは耐え難いものがあった。当時は。

非常にとりとめのない話だが、自己分析としてここに記録しておきたい。